3月のライオン、将棋カンニング疑惑、不屈の棋士

新年を祝おうという気持ちはそこまで高くないと思うのだけれど、

普段と違う社会の行動様式、例えば正月シフトのTV番組だったり、日中閑散とした街だったり、または初詣に向かう人々出会ったり、

ちょっとした非日常を楽しめるので、新年をお迎えするのはいいなあと思う。

 みなさんあけましておめでとうございます。

 

年度末にシュウが体調を崩したため、年末年始はダラダラ過ごしました。

子どもたちはここぞとばかりに夜更かしを楽しみ(我が家では休日は夜更かししていいというルールがある)、

妻も布団から出てこない。おそらく7:3の割合で布団の中にいる。

 

僕はというと将棋三昧の日々であった。

と言っても指すわけではない。(駒の動かし方がわかる程度の知識量しかないし。)

休み期間中に追っかけていた「3つのこと」について、共通するテーマが「将棋」であったのでした。

 

①読んでいた本

不屈の棋士 (講談社現代新書)

不屈の棋士 (講談社現代新書)

 

 

今後、人工知能が社会に対してどのような影響を与えていくのか、というテーマにとても興味を持っています。

10〜20年後の間に、日本の労働人口の49%が人工知能やロボットで代替可能というニュースが出て話題になりましたが、これから子育てしていかなければならない我々の世代、というか労働者であるすべての人々避けてはと通れない問題です。

その中で、将棋のプロ棋士は窮地に立たされている職業の一つないんじゃないかなと思うのだけれど、劣勢に立たされたプロ棋士たちが今何を考え、どのような未来を見据えているのか。現状に強く危機感を覚えている人の言葉の中に、今後の人生のヒントが隠されていそうだ、ということで購入。

 

ソフトに危機感を覚えるのは、「プロ棋士の存在価値は強さ」という価値観が前提にあある。当然将棋の強さは数値では測れないから、未知の「強さ」と「強さ」が勝負し、どちらが勝つのかという点が醍醐味かと想像していたのだけど、読み進めるうちにそうではないんだな、という実感に変わった。最大の魅力は「感情の揺らぎ」だろう。拮抗した「強さ」がぶつかる時の、緊張感、そこから生まれるミス、土壇場での逆転劇などは人間だからこそ生まれるものだ。見ているひとはそこに共感したり、面白がったり、感動したりする。アルゴリズムに則って行動する人口知能ではそれらは生まれない。

本の中でどの棋士も述べていたが「棋士vs人口知能は異種格闘技戦」のようなものだという。言われてみれば確かにそうだ。ボルトvs車の勝負に面白味は感じない。

 

人生のヒントという点からいうと、今後大切になるのは

1、今できることを続けていく。続けることが大切

2、人口知能と対峙するのではなく、味方につける

ことが大事なんだなあと感じた。

山崎隆之八段が語っていた、「ソフトは人間より自由」という言葉は

ちょっとショックだけど、受け入れていかなければならないなー。

 

②ニュース

mainichi.jp

①の「不屈の棋士」を読んでいる最中だったので、とても興味深いニュースだった。

不正疑惑が発覚した当時、誰もが「クロ」だと感じていたようだ。羽生善治さんですら「限りなく黒に近い灰色」と表現しており、調査するまでもないでしょという空気が将棋界に漂っていた。しかし調査の結果、不正はなし。

トップ棋士がこぞって不正を疑っていた点や、将棋連盟の対応の是非について論じることはしない。しかし、対局中の些細な行動とその結果を、ソフト使用に関連づけて考えてしまうという点に、棋士たちの危機感が如実に表れているなあと感じる。

 

③アニメ

3lion-anime.com

長女がNHKを見ていて、たまたまCMを見かけたのが始まり。結構遅い時間に放送しているのだけど、毎週眠い目をこすり、頑張って起きて見ている。1/2なんか深夜0時から一挙5話放送をやっていて、終了する2時までしっかり見ていた。

「これは、様々な人間が何かを取り戻していく、優しい物語」

このコピーが表しているように、将棋を題材にしているのだけど、対局シーンも少ないし、神の一手的なすごい手の見せ方もしない。あくまで登場人物たちの心の有り様を中心に描いているので、将棋のわからない僕でも楽しめる。

 

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3つのトピックスは将棋というテーマで共通だけど、その更に奥底では「人間の心の揺らぎを扱う」という項目でも共通している。そして僕はその揺らぎにとても関心がある。

 

ネットを開くと情報が溢れかえっていて、何が重要で、何が上質なのか、というのが分かりにくくなっている。だからこそ情報を選別してくれるキュレーションサイトのようなものが必要とされるのだろう。そのニーズはとても理解できるし、実際に僕も利用してしまうのだけど、これでいいのかなあと積極的になれないのは、結論を安易に提供しすぎではないか、という疑問があるからです。 

人生の岐路に立たされた時の決断は白か黒かバシッと決められるものは少なくて、どこかで折り合いをつけて決断をしていかなければならないものがほとんどだ。

どこかで折り合いをつけるのって本当に難しくて、それこそネットで調べたり、本を読んだり、人に相談したりしながらと、四苦八苦してしまう嫌な道のりだ。ガラガラポンでハイ答えだったらどんなに楽だろうと思ってしまうのだけど、折り合いをつけるまでの道のりを蔑ろにしてしまうと、客観的にみて評価の高い決断でも後悔してしまうことが多い。

ということは、実は人生って白黒はっきり決められないよねえって話してあげたり、折り合いをつけるまでの過程、つまり「心の揺らいでいる有り様」を見せてあげることの方が実は重要なんじゃないかー。

人生は仕事じゃない。事実はどうか、よりも、自分はどう思ったの方が大事だよな。

不屈の棋士、将棋カンニング疑惑、3月のライオンを眺めながら、そんなことを考えていた正月でした。

 

皆様、今年もよろしくお願いいたします。

 

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プロフィール

kikuo_tamura

社会福祉士 / ソーシャルワーカー

社会福祉法人 松の実会 評議員 / NPO法人 こども子育て・発達支援研究会 監事

H28年6月、重症新生児仮死にて長男が生まれたことから、医療的ケア児関連に特に興味があります。

趣味は登山、トレイルラン、子どもを追い回すこと。1985年千葉県生まれ。
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【m.jiggler@gmail.com】