その辺の石ころだけでも、結構遊べる

祖父は戦争中にパラオへ出兵していた。

終戦後に日本へ戻ってきた祖父は、パラオへ出兵していた仲間と共に

国の開墾事業へ参加、縁も所縁もない土地へ入植したらしい。

当時はただの野っ原と沼地。

重機も何もない時代、そこをマンパワーだけで開拓していったのだから、

その苦労といったら計り知れない。

祖父たちが築き上げた苦労のお陰で、今は一面、立派な田んぼが広がっている。

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そして僕は毎年この時期になると、美味しい新米を食べることができている。

先人たちの苦労に思いを馳せると、毎日のように、ある意味意識せずに

食べているお米も、特別なものに思えてくる。お米は最高だ。

 

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荒野を鎌一つで畑にしていくというのはとても大変な作業だ。

一本一本鎌で刈り取り、溜まったら一輪車で運び出す。

目の前に大きな石が現れたら、角材を使い、デコの原理で動かす。

そしてまた、刈り進めていく。

これって、医療的ケア児の置かれている状況に似ている。

まだないものを作るため、野田聖子さんや駒崎弘樹さんを筆頭に、

全国には様々な団体が存在する。

そして、それぞれがそれぞれの鎌を持って、荒野を切り開いている。

そういった開拓心を持っている人は、本当にうらやましなあと思う。

 

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僕はというと、鎌を持って刈り取るぞ!というよりも

目の前に転がっている石を使ってどう遊ぶか、というところに目がいってしまう。

あれ、この石ハートに見えるなとか、

10個積み上げることができたらなんか嬉しい!とか。

刈り取り隊が苦労してどかした大きな岩に対しては、

ボルダリングするにはもってこいの岩だなあとか思ってしまう。

生産性は全くない。

けど考えてみると、日常を彩るのは、無駄な行為だったりすることが多い。

例えば、僕はミルを使ってガリガリ豆を挽いてコーヒーを飲むことが多いのだけど、

豆を自分で挽くって、無駄な行為だよなといつも思う。

電動ミルもあるし、頼めばお店で挽いてくれる。

でも、自分でガリガリやって、フィルターに粉を落とす、

蒸らしている最中に出てくる湯気にクンクンと鼻を寄せて、匂いを楽しむ。

そうしたコーヒーを入れるまでのある意味無駄な一連の行為に、

高い満足感を得ているのも事実なのだ。

工夫次第で日常でも幸せに暮らしていけるということなのかもしれない。

 

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医療的ケア児は大変だーという文脈で語られることが多い。

 

まだまだ社会的の認知がない状態なので、

まだそういう風にしか語れないレベルなのだろうけど、

もうちょっとそれを日常としている人達の生活を

覗く機会があってもいいんじゃないかなと思ったりする。

 

案外その辺の石ころで遊べることは多いんだよなあ。

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プロフィール

kikuo_tamura

社会福祉士 / ソーシャルワーカー

社会福祉法人 松の実会 評議員 / NPO法人 こども子育て・発達支援研究会 監事

H28年6月、重症新生児仮死にて長男が生まれたことから、医療的ケア児関連に特に興味があります。

趣味は登山、トレイルラン、子どもを追い回すこと。1985年千葉県生まれ。
ご意見、ご連絡はお気軽に下さい。とても励みになります。
【m.jiggler@gmail.com】