バリバラと24時間テレビから考える障害者理解

相手を理解するとき、その相手と自分はどういった関係性にあるのだろうか。

 

バリバラと24時間テレビ関連の問題を見ながらそんなことを考えています。

 

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例えば、あなたが会社員だったとして、上司を理解したと感じるときってどのようなときでしょうか。一緒にプロジェクトを薦めている時でしょうか。上司の過去の業績を見つめたときでしょうか。働きぶりを肌で感じて、技を盗んだときでしょうか。

 

上司とあなたの関係性は、当然ながら上下関係にあります。僕が思うに人間関係が上下にある場合、下にいる人が上にいる人を理解するのは難しいように思います。なぜなら情報の非対称性からコミュニケーションが一方的になるからです。

 

では部下が上司を理解することは不可能かというとそうではありません。

関係性が上下ではなくなった時、つまり横に並んだ時に理解できるようになると考えます。

 

例えば飲み会の席で上司の家族の話を聞いた時や趣味の話を聞いた時、急に親近感が湧いたことはありませんか。嫁の尻に敷かれてさ〜とか、帰宅後に子供とお風呂に入るのが日課になってるとか休日にマラソンしてるとか。仕事上では圧倒的に上下関係にあるのに私生活では自分と変わらないんだなという横の関係性から産まれる実感から、上司への理解が始まるように思うのです。

 

以上、上司と部下を例に書きましたが、基本的にこれはどんな属性にある方にも当てはまります。障害者なのか健常者なのか関係はありません。ポイントは一点のみ、

 

『他者同士が理解する時の関係性は横に並んだ時』

 

これに尽きると思います。

 

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バリバラと24時間テレビに戻ります。

 

バリバラのテーマは『笑いは地球を救う』

 

24時間テレビは『愛は地球を救う』でした。

 

世論を見る限りバリバラを賞賛する声が多いですが、関係性の観点から考えると、両者のアプローチでは切り口が違うだけで障害者理解の促進難しいのではないでしょうか。笑う-笑わせる、感動する-感動させるという明確な上下関係が存在するからです。

 

もちろん両番組とも無意味かというとそんなことはありません。24時間テレビのようにキー局を24時間ジャックし、様々な著名人がでてきて募金活動したり福祉に関わりしたりすることで、障害者に対する認知は必ず広がります。バリバラもしかりで、今までにはなかった障害者×笑いというテーマで24時間テレビには嫌悪感を示した層に届くことでしょう。両者ともマスを使った広告で入口としての機能はとても良いと思います。しかし、認知することと理解することは違います。横の関係性をいかにして作るのか、障害者理解を進めるために必要なことだと思います。

 

そういった意味ではメディアを使い障害者理解を進めるのは根本的に難しいのかなとも思います。必ず上下の関係が存在するからです。しかしそれでも敢えて、というなら情熱大陸のようなドキュメンタリーが良いのかなと思っています。障害者も健常者と同じように悩みます。葛藤します。笑もしますし感動もします。ご飯も食べるし恋愛もする。普通の人間です。コミュニケーションを取れない程の重度障害であれば番組として成立させるのは難しいかもしれませんが、そういった子を抱える親の心情を描くのはどうでしょうか。また、いわゆるボーダーの言われるような軽度の知的障害者は、健常者と障害者の間で葛藤をしている方が多い。そういった感情の揺らぎにうまくフォーカスできれば魅力的な、つまりほんの少しかもしれませんが障害者理解について入口から一歩進んだ番組になると思うのですがいかがでしょうか。

 

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プロフィール

kikuo_tamura

社会福祉士 / ソーシャルワーカー

社会福祉法人 松の実会 評議員 / NPO法人 こども子育て・発達支援研究会 監事

H28年6月、重症新生児仮死にて長男が生まれたことから、医療的ケア児関連に特に興味があります。

趣味は登山、トレイルラン、子どもを追い回すこと。1985年千葉県生まれ。
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【m.jiggler@gmail.com】