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ポケモントレーナーへの注意喚起とDJポリスから学ぶ障害者差別の解決方法

社会福祉 障害者理解

娘たちが星空を見たいとせがむので、8/2〜3にかけて八ヶ岳の麓まで車を走らせた。本来なら星空をバックにした雄大な八ヶ岳の写真を添付し素敵な家族の思い出になりました的なエントリにしたかったのだが、結果土砂降りの大雨で星など一粒も捉えることはなく、いそいそと撤退してきた。早朝に見た牛のモ〜という鳴き声が頭の中を反芻している。娘たちはある意味思い出になったはずである。

 

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SAのトイレで面白いお知らせを見つけた。

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 何かと話題のポケモンGOに対するマナー注意喚起のポスターである。

僕自身はポケモンGOをやらない方のブームに乗っているため、高速道路走行中に路肩へ停めてまでポケモンゲットに向かうトレーナーの気持ちは分からないが、この注意喚起の方法が上手いなと思って写真に収めてきた。しかもスタバの店頭にあるようなバイトが書く手描きポップではなく、NEXCO中日本の全体で使われているものだという点も興味深い。人間の心理を突いた、よい広告だと思う。高速道路でのポケモンGO関連のトラブルはかなり少なくなるのではないかと想像している
(もちろんこの広告によりいくつ減少したとまでは追えないが、要因1つになることに間違いはない)。


これを見た時、僕はDJポリスのことを思い出した。

DJポリス - Wikipedia

 

www.youtube.com

 

 DJポリスとは、2014年開催のワールドカップ予選において日本が本大会の出場を決めた夜、渋谷のスクランブル交差点でサポーターに対しルールやマナーを守るように呼びかけた警察官の愛称である。

 

『皆さんは12番目の選手』や『怖い顔したお巡りさんも心の中ではワールドカップ出場を喜んでいる』などのユーモアある呼びかけで注意喚起を行い、結果、渋谷駅前では1人も怪我人も逮捕者もなく、大きなトラブルもなかっという。

 

2つのケースとも、内容は違えどある対象に注意喚起を行うという図式に変わりはない。そしてこういった図式のものは世間でよく見かける。例えば電車の駆け込み乗車。朝のラッシュ時は必ずといってもよいほど駅員さんが『駆け込み乗車はお止め下さい』と声を張り上げている。しかしこの言葉が耳に届いているのにも関わらず、ダッシュをやめたサラリーマンを僕は見たことがない。

 

この違いはなんだろうか。NEXCO中日本のポスターとDJポリスのマイクパフォーマンスは何が良いのだろうか。

 

■人間は自尊心を傷付けられるのを恐れる

 

結論からいうと、対象を認めている点である。

 

ポケモントレーナーたる者、ポケモンが目の前に現れたらモンスターボールを投げずにはいられないだろう。

 

サポーターたる者、応援していたチームが勝利をしたら騒ぐのがずにらいられないのだ。知らない奴らとウェィ〜とやって場所を構わず円陣を組むものなのだ。

 

そういう心理を、NEXCO中日本もDJポリスも認めている。

 

NEXCO中日本のポスターでは、冒頭にある宛名『ポケモントレーナーの皆様へ』という一文だけで、ポケモンGOに熱中したくなる気持ちを認めていることが読み取れる。

 

DJポリスもしかり。『怖い顔したお巡りさんも本当は出場を喜んでいる』という発言の裏には、自分たちも本当はウェィ〜てやりたい、でも職務としてそれはできないんだ。という葛藤と覚悟が読み取れる。サポーターのウェィ〜とやりたくなる気持ちを認めていなければ、こんなことが言えるわけない。

 

自分が批判される対象、つまり上下の関係性ではなく、立場を認めたうえでの注意喚起だから関係性は対等だ。だから、耳に入るのだろう。

 

そもそも路肩に停めてモンスターボールを投げることが悪いことだと分かっているに決まっている。道のど真ん中ウェィ〜が迷惑行為になると気付いているはずだ。しかし、やってしまう。こういうアンビバレントな気持ちを理解しなければ、相手の行動を変えることはできない。頭ごなしに怒鳴られたって反発したくなるだけだ。誰だって自尊心は傷つけられたくないのだから。

 

つまり、私たちは『悪いことだとはわかってるんです。だけど一人では止められない。だから自尊心を傷付けない方法で、気付かせてくださいね。』と、そう言っているのである。

 

■障害者差別の解消に必要なもの

 

差別をしてはいけないなんて、誰もが思っていることであろう。しかし、結果的に差別となってしまう。この心の揺れは、前述したものと同じである。

つまり、障害者差別の問題を解決したければ、まずは健常者側にある、『差別が悪いことだとはわかってるんだけど、やってしまう』という気持ちの揺れを認めなければ始まらない。そしてそこに配慮した上で、自尊心を傷付けない方法で、気付かせなければならない。

 

こうしてみると、巷で見かける障害者差別に関するセミナーがいかに対象者のことを考えず一方的になっているのかがよくわかる。法令や事例を持ち出してダメ、ゼッタイ!なんて伝え方をしたって、耳を貸すはずがない。相手の気持ちを認めて、対等に話をしていく。障害者差別の解消には健常者への配慮も必ず必要なのである。

 

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関連エントリ

 

 

kikuo-tamura.hatenablog.com

 

 

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プロフィール

kikuo_tamura

社会福祉士 / ソーシャルワーカー

社会福祉法人 松の実会 評議員 / NPO法人 こども子育て・発達支援研究会 監事

H28年6月、重症新生児仮死にて長男が生まれたことから、医療的ケア児関連に特に興味があります。

趣味は登山、トレイルラン、子どもを追い回すこと。1985年千葉県生まれ。
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【m.jiggler@gmail.com】